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焼そばのまち

由来

 中島飛行機から現在の富士重工業に至るまで、日本を代表する工業の町として栄える太田。一見無関係に思えるこの工業が、太田に焼そばを根付かせる原因となりました。
 太田に焼そばが広まったのは戦後。ラビットスクーターやスバル360などのヒット商品を生み出していた富士重工業や関連工場には、東北地方からの多数の人が季節労働者に来ました。東北には古くから焼そばが存在し、その中には、現在も焼そばの街として名乗りをあげている秋田県横手市があり、この人達が太田に焼そばを持ち込んだのでは、とされています。また焼そばは、安くてボリュームがあり、汁がないのでのびることなく、いつでも気軽に食べられるところが、工場で働く人たちに受け入れられた要因でもあるのでしょう。昭和20~30年代には、「子育て呑龍」で知られる大光院の参道に、屋台をはじめ数多くの焼そば屋があったそうです。

上州太田焼そばEnJOY麺berS

 平成26年4月、「上州太田焼そば」で街を盛り上げようと、市民ボランティア団体として発足しました。主に市内外のイベントに出展をし、太田市の魅力をPRしながら活動を行っております。また、市内でその他のボランティア活動も行いながら、地元での活動も積極的に行っております。
 全国のご当地グルメでまちおこしのイベントである「B-1グランプリ」に出展し、市内外への「上州太田焼そば」のブランドを高めるべくPR活動を行っております。B-1のBは地域ブランドのBです。

上州太田焼そばのれん会

 太田市観光協会が中心となり、焼そばの街太田を全国にPRしようと、平成14年10月28日に「上州太田焼そばのれん会」が発会しました。会の主な活動内容は、やきそばマップの作成、市内での各種イベント協賛、やきそばの街としての振興活動です。会員数は現在、賛助会員も含め44店舗です。また、会の発足当時は、全国に3つしかない「焼そばの街」秋田県横手市・静岡県富士宮市・太田市が、三国同麺を結び、交流も盛んに行われていました。

上州太田焼そば ガイドブック平成28年度版(PDF形式)

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