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木崎宿の色地蔵

4 質の高い教育をみんなに11 住み続けられるまちづくりを
ページID:0004418 更新日:2022年12月6日更新 印刷ページ表示

木崎宿の色地蔵  「木崎下町の三方の辻に、お立ちなされし石地蔵様は、男通ればニコニコ笑い、女通れば石持て投げる、これがヤー本当の、色地蔵様だがヤー。」
 木崎音頭(八木節の元歌と伝えられる)の歌詞は数種類ありますが、末尾には必ずこの部分が付いています。この一節に唄われている色地蔵様がこの石地蔵尊です。石地蔵尊は高さ73cmで、頭部は破損しています。同所にある照光山長命寺(高野山真言宗)の門前右にある、カヤ葺きの小さなお堂に安置されています。
 台座には銘文が刻まれ、寛延3年(1750)に建立され、風邪のはやる季節に亡くなった子供達の霊をなぐさめ、子供達の成育を祈願して建立した「子育地蔵」であったことが分かります。ところが、江戸時代の木崎宿には飯売女がたくさんいて、彼女達は前借制年季奉公で遠出が制限されていたため、宿はずれの本地蔵様に参詣して、心の安らぎを得たのです。こうして数多くの色街の女(飯売女)が訪れたことから、何時の間にか「色地蔵様」と呼ばれるようになって、木崎音頭にも唄われるようになったのです。

台座銘文

寛延三年庚午霜月日木崎下町
 施主 茂木 長吉
 斉藤 □郎八
 寒念佛供養 多久和 次郎□
 幸池 茂七
 小嶋 伊勢松
 惣子位

指定区分 市指定重要文化財[建造物(石造物)]
指定年月日 平成12年4月6日
合併に伴い、平成17年3月28日に改めて新市の文化財として指定されました
所在地 太田市新田木崎町1063-1