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教王寺の梵鐘・半鐘

4 質の高い教育をみんなに11 住み続けられるまちづくりを
ページID:0004446 更新日:2022年12月6日更新 印刷ページ表示

 如意山惣持院教王寺は、高野山真言宗の寺院で、江戸時代には新田、山田、勢多、足利四郡の真言宗およそ百か寺の触頭(ふれがしら)の寺格を持ち、冠稲荷の別当寺でした。寺伝によれば、延徳2年(1490)金山城の横瀬国繁の開基とされてますが、五輪塔の銘文などから、それ以前にすでに寺院が形成されていたと考えられます。

梵鐘は、総高123cm、口径70cmで、下野国佐野天明(栃木県佐野市)の鋳物師(いもじ)、恩田甚助・長谷川弥市の両人により鋳造され、江戸時代の思想家・高山彦九郎(延享4年~寛政5年〈1747~1793〉)の祖父、蓮沼(高山)伝左衛門貞正が延享5年(1748)4月に寄進したものです。
 乳の間に、五字四行を一区とし、全体で五区百字の梵字による真言が陽鋳されており、「百字真言鐘」と呼ばれます。池の間には、天下の安穏や仏法の功徳をうたう銘文を刻み、ついで先祖11人の法名と命日を彫り、菩提を弔っています。
 半鐘は、総高78cm、口径43cmで、彦九郎の祖母高山りんが明和3年(1766)に没した夫の高山伝左衛門貞正の供養のために寄進したものです。

教王寺の梵鐘
梵鐘

教王寺の半鐘
半鐘

指定区分 市指定重要文化財[工芸品]
指定年月日 平成6年3月25日
合併に伴い、平成17年3月28日に改めて新市の文化財として指定されました
所在地 太田市細谷町1301 教王寺