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紙本墨書安養寺村絵図

霊雲寺釈迦如来像  この絵図は安政2年(1855)に描かれたもので、中世の館(安養寺館跡)から寺院(明王院安養寺)へ転化したことがわかる重要な絵図です。
 安養寺館跡は、「長楽寺文書」「正木文書」などによると新田義貞が死後、「安養寺殿」と呼ばれていたことから、新田義貞の館跡の可能性が高いとされています。
 安養寺館跡は、新田荘のなかでも中心的存在であり、二町四方の規模を有した総領家クラスの館跡で、現在大部分は明王院の境内となっています。現在、土塁や堀割はほとんど見られませんが、この絵図によれば安養寺館の堀の長さは、南辺114間(207.3m)・西辺113間半(206.3m)・北辺81間(147.2m)・東辺111間半(202.7m)、幅いずれも四間(7.3m)とあり、二町四方の館跡があったことを裏付ける資料となっています。
 また、この絵図によると、不動尊を中心に大坊・東照坊・正林坊・地蔵坊・観音坊・日輪坊(稲荷大明神)・慶蔵坊・満重坊・荒神坊・月輪坊(稲荷大明神)・薬師坊・天神坊の十二坊が記載され、寺としての明王院安養寺の規模が大きかったことを物語っています。

指定区分
市指定重要文化財[歴史資料]
指定年月日
平成25年5月29日
所在地
太田市安養寺町200-1 明王院

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