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栗原家文書 附 麁絵図

栗原家文書 附麁絵図  太田市の北西部、藪塚地区から新田地区北部にかけて渡良瀬川が作った広大な扇状地は、かつて笠懸野と呼ばれ、広い地域にわたって平地林が拡がっていました。栗原家は平地林の南端を占める市村の名主役を長い間にわたってつとめ、300点余りの古文書を所蔵しています。
 そのうち享保15年(1730)の「市村麁絵図」(写真上)には、御林・野銭秣場・百姓持林や村界や旧海(街)道などが記録されています。特に御林に関係して20点もの文書があり、御林の管理・伐採・透伐・搬出などを知ることができます。
 なお、「砂一件之控帳」(写真下)では、天明3年(1783)の浅間山の大爆発の状況が天明4年(1784)正月にまとめて詳しく記され、「当七月二日夜急震仕炭同前のもの降り候所雨は一向不降(中略)五日之暮時八日之午刻過迄不相止昼夜無分ケー向外出茂不相成候」とあり、降り積もった砂の層の厚さまで記されています。また「砂除御入用賃銭割渡帳」では、その大量な砂の処理の方法や耕作物への被害や取組など、農民の苦境を知ることができ、代官の対応などもうかがうことができます。
指定区分
市指定重要文化財[古文書]
指定年月日
昭和51年3月31日
合併に伴い、平成17年3月28日に改めて
新市の文化財として指定されました

所在地
太田市新田市町

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