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新田荘遺跡

 国指定史跡
 指定年月日 平成12年11月1日(追加指定 平成21年7月23日)

 「新田荘(にったのしょう)」は、平安時代末期の12世紀中頃に成立した新田氏の荘園です。源義国の子新田義重(よししげ)は、旧新田郡南西部の早川流域・石田川流域を再開発して19郷を支配下におきました。義重は、その後さらに37郷を開発し、旧新田郡のほぼ全域と旧太田市の南西部を荘園化しました。鎌倉討幕で有名な新田義貞は、義重から8代目に当たります。

 この史跡は、「新田荘」に関連する寺社境内・館跡・湧水地など11の遺跡から構成されています。

 この史跡の特徴は、広域に存在する複数の中世遺跡を荘園として面的にとらえ、一つの史跡としたところにあります。こうしたケースは全国的にも珍しく、大阪府泉佐野市日根荘(ひねのしょう)遺跡(平成10年12月8日指定)に次いで2例目となります(なお、このほか城館遺跡としての例には、新潟県の奥山荘城館遺跡があります)。

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