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恵林寺の矢場氏墓石群

恵林寺矢場氏墓石群  矢場氏は、矢場の地に金山城の支城である矢場城などを構え、戦国時代に活躍した一族です。始祖は矢場惣左衛門国隆で、金山城主新田(岩松)家純の重臣横瀬国繁の弟といわれます。笑岩山恵林寺は、曹洞宗の寺で、創建については諸説ありますが、寺伝によれば、矢場国隆の子矢場植繁が永正17年(1520)に父母の菩提を弔うために建立、開山は植繁の二男大年宗彭とされています。寺号は、国隆とその室の法名にちなんだものといわれています。
 墓石群は、昭和61・62年に保存整備事業として発掘調査及び復元整備が行われ、現在、本堂南の基段上に整然と林立しています。五輪塔がほとんどですが、宝篋印塔・石幢などもみられ、総数40数基におよびます。三代繁和の宝篋印塔の基礎には「為大椿宗寿禅定門霊位敬白永禄五年(1562)壬戌霊月八日」とあります。このほか天文3年、天文15年、永禄13年の紀年銘のある五輪塔があり、矢場氏研究上重要なものです。なお、矢場氏の居城としては、恵林寺南側に矢場城があったことが知られています。
指定区分
市指定重要文化財[建造物(石造物)]
指定年月日
昭和50年9月22日
合併に伴い、平成17年3月28日に改めて
新市の文化財として指定されました
所在地
太田市矢場町甲3041 恵林寺

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