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伝藪塚氏の五輪塔

伝藪塚氏の五輪塔  大正2(1913)年に行われた東武鉄道桐生線敷設工事の際、藪塚2167番地(旧字中原)付近の小さな塚を切崩したところ、五輪塔が4基出土したと言われています。郷土史家である岡部福蔵の考証により、鎌倉時代のものとされ、近くに元屋敷という地名があること、新田一族の中に「藪塚六郎朝兼」という人物がいることなどから朝兼ら三代の墓であろうとしました。そこで現在の所に保存工事をしたものです。
 藪塚氏が葬られたか否かについては推測の域を出ませんが、天神山凝灰岩(みどり市笠懸町産出)で造られていること、笠(火輪)部の稜線および軒端の反りが少ないことから鎌倉期の特徴をよく残しています。また、伝承を加味すると、鎌倉中期以降のものとなります。
 一般的に五輪塔は、下から順に基礎(地輪)・塔身(水輪)・笠(火輪)・受花(風輪)・宝珠(空輪)の五つの部分でできていますが、4基のうち、完全にそろっているのは、第1号(向かって一番右)だけで、ほかは空輪・風輪部が欠けています。
指定区分
市指定重要文化財[建造物(石造物)]
指定年月日
昭和47年4月1日
合併に伴い、平成17年3月28日に改めて
新市の文化財として指定されました
所在地
太田市藪塚町2203

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