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南八の山岡鉄舟筆幟

山岡鉄舟筆幟  山岡鉄舟は、幕末・明治前期の剣客・政治家で、天保7年(1836)旗本・小野朝右衛高福の子として生れ、後に山岡家を継ぎました。幼年より特に剣術を好み、江戸の千葉周作の門に入り、無刀流を開き、春風館という道場を設立して多数の門人を集めました。やがて幕府講武所剣術心得となりました。高橋泥舟、勝海舟とともに幕末三舟と称されています。
 南八地区のある世良田町には、かつて関東三大祭りの一つに数えられていた世良田祇園があります。祇園の当日には、参加する各地区に幟が立てられていました。南八地区は、山岡鉄舟の揮毫である幟を長楽寺勅使門のそばに立てました。この幟は、長楽寺の馬場という僧が、かつて鉄舟道場で学んだことがある関係で、明治20年に鉄舟に頼み、揮毫してもらったものです。この幟は、素材は綿布で、長さ12m、幅2.1mです。乳は竿の部に22個、横上の部に7個あります。


【揮毫】

  明治二十年四月 当所南八大門

神 光 照 天 地
   
       正四位 山岡鉄太郎拝書
指定区分
市指定重要文化財[書跡]
指定年月日
昭和63年7月24日
合併に伴い、平成17年3月28日に改めて
新市の文化財として指定されました
所在地
太田市世良田町3113-9(新田荘歴史資料館寄託) 

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