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奈良時代の太田

「まんが太田の歴史」(発行/太田市) 48ページより

「まんが太田の歴史」(発行/太田市) 48ページ

「まんが太田の歴史」(発行/太田市) 51ページより

「まんが太田の歴史」(発行/太田市) 51ページ

 奈良時代になると、仏教の普及に伴い、各地で有力な首長の寺院が創られるようになります。寺井町・天良町には、7世紀末に建立された寺井廃寺があります。寺井廃寺からは大和の川原寺系の古代瓦が出土しています(市指定重要文化財)。寺井廃寺周辺は古代の官道である東山道の新田駅推定地に近く、また遺構から大型の建物群も想定されるなど、奈良時代における新田郡の政治の中心地であったと考えられています。

 また、奈良時代には租税徴収のための戸籍が作られ、北九州の要地を警備する防人として東国の人々がかり出されました。「万葉集」には、この地から防人となった人々が、金山に想いを寄せた歌が2首残されています。当時も、金山は人々の心の故郷だったのでしょう。

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