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中世城郭用語の基礎知識

詳細情報
名称 読み 内容
縄張り
なわばり
どのような区画で城を構成するかという築城計画、あるいは城の平面構造のことです。築城する際、縄を張って設計したことから言われます。

金山城の縄張りは世良田長楽寺の僧松陰軒西堂によるものです。
大手
おおて
城の表口のことです。「追手(おうて)」とも表記します。大手以外は搦手(からめて)と言います。

金山城では、大光院や金龍寺のある谷筋が大手、長手などの谷筋が搦手とされます。
搦手
からめて
(上記参照)
虎口
こぐち
城の出入口、または城内部にある各曲輪の出入口のことです。古くは「小口」と表記したのが、後に「虎口」の文字をあてるようになったと言われます。
曲輪
くるわ
尾根や傾斜を造成して平坦面とし、土塁・柵・堀で囲み、建物などを構えた一つの区画です。「郭」と書く場合もあります。近世城郭の「丸」にあたります。

金山城の曲輪としては、「実(み)城」「西城」「坂中」「北曲輪」「根曲輪」「中城」などがあったことが、「永禄日記」「北条家朱印状」等の戦国時代の史料に記されています。しかし、これら曲輪群の内部における諸曲輪の名称は不明のため、江戸時代に描かれた絵図に記された「本丸」「二ノ丸」「三ノ丸」「御台所」「馬場」や、昭和9年(1934)の史跡指定時に命名されたといわれる「馬場下」「裏馬場」「物見台」「西矢倉台」等の名称が使用されています。
土塁
どるい
防御壁、または敵を攻撃する際の攻撃台として、土を突き固め、土手状に盛り上げたものです。堀切・竪堀の内側や曲輪の周囲に築かれます。土居(どい)とも言います。

金山城では、現在までの発掘調査で、ほとんどの土塁に石垣が積まれていることが確認されています。
堀切
ほりきり
尾根伝いに侵入する敵を防ぐため、尾根をV字形または逆台形に掘り込んだものです。堀切には木橋や土橋を架け、城の内側には防御のための矢倉台や門がつく場合が多いです。

金山城では北曲輪(坂中)方面に二重堀切が見られます。
竪堀
たてぼり
尾根下を斜面伝いに横から侵入する敵を防ぐため、斜面の上下方向に掘られた堀のことです。

金山城では、多くの竪堀が堀切に連続し、城の内側には土塁が築かれています。

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