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Q15月ノ池は、昔はただの水溜まりだったのに、いつ石垣を積んだ池にしたのですか。
A15
皆さんが今、目の当たりにしている月ノ池の水が貯まっている部分は400年以上前、戦国時代に作られた池そのものです。直径が約7m、石敷き平坦面からの深さは2.5mで、石垣が積まれています。また石敷き平坦面は発掘調査で発見された遺構を保護した上に新たに石敷きを施し、外側の石垣は発見された遺構を元に想定復元したものです。お気付きの方もいらっしゃると思いますが、この池は日ノ池とそっくり同じ構造をしています。なお、月ノ池は改修された形跡があり、古くは現在よりやや西寄りで、径10~11m、深さ1.5m程度の池だったと想定されています。
発掘調査以前に見えていた月ノ池は、18×10m、水深50?程度で、雨が降らないと枯れてしまうような池、というよりも水溜まりでした。「三ノ丸と馬場曲輪をへだてる大堀切の一部がせき止められてできた池ではないか」という考え方もあったくらいです。
発掘調査で底面を約1.5m掘り下げたところ、中央部の土の色が変わっていたため、さらに掘り進めたところ、このような池が出現したというわけです。
月ノ池は特に虎口側に多量の石(石垣に使われていた石と想定されます)が投棄されていました。また、池が埋められた時に一緒に廃棄されたと見られる、長さ数メートルの材木が発見されています。何らかの建物の廃材の可能性があるため、今後の調査・分析が期待されます。

