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馬場通路・石塁

■調査期間 平成12年5月22日~平成12年6月9日
■調査場所 太田市金山町40-48他

 馬場通路の整備に先立ち、物見台から東の通路の位置や幅を明確にするため、馬場通路の確認調査を行いました。
 馬場通路は、馬場曲輪西端にある物見台から東へ延びる南斜面際の通路のことで、平成11年度発掘調査報告(3)馬場曲輪で紹介した「C区」内の通路のことです。
 さらに、平成11年度のトレンチ調査で確認された北斜面際の「石塁(石築地改め)」の全容を明らかにするため、北斜面際において面的な調査を行いました。

馬場通路・石累調査時写真

馬場通路・石累調査時写真(東から)

馬場通路平面実測図

馬場通路平面実測図

1. 通路

 調査の結果、C区南斜面際の物見台から東へ延びる馬場通路は、南下の馬場下通路へ分岐する岩盤連絡道付近を境として通路法線・通路幅共に変化が見られました。
 馬場下通路へ分岐する連絡道から東の通路幅が約1.7mであるのに対し、連絡道から西側の通路幅は約3mと幅が広くなっていました。
 馬場通路の法線は、緩やかなカーブを描くこともわかりました。

馬場通路調査時写真

馬場通路(連絡道より西側)調査時写真(北から)
※通路は石敷きされており、北端部には縁石も確認できました。

馬場通路整備後写真

馬場通路(連絡道より西側)整備後写真(東から)
※トレンチ調査で石敷きが確認された箇所のみ復元しています。

2. 石塁

 馬場通路の北斜面際では、物見台基壇と一体となって構築された東へ延びる石塁が確認され、馬場通路の東端部でもこの石塁が一部確認されていました。
 この石塁が物見台から馬場通路東端部まで一連に続いているか確認するため、面的な調査を行いました。
 調査の結果、石塁は法線に若干の折れがつくものの、物見台基壇から約72m東まで連なっていることがわかりました。

石塁調査時写真

石塁調査時写真(南東から)

石塁整備後写真

石塁整備後写真(南東から)

 石塁は、岩盤が残っている箇所では岩盤上に構築されていましたが、岩盤が残っていない箇所には基壇状の石積みも見られ、その上に石塁を築いている部分もありました。

石塁下基壇状石積み調査時写真

石塁下基壇状石積み調査時写真(東から)

石塁下基壇状石積み整備後写真

石塁下基壇状石積み整備後写真(東から)

 馬場通路の北斜面際で約72mの長さが確認された石塁は、搦手口である長手口からの攻撃に備えるための「防御的機能」と“見せる”ための「視覚的機能」を合わせ持つと考えられています。

 今回の石塁の面的な調査により、石塁に基壇状の石積みが取り付き、段状構造だった箇所も確認されました。この基壇状石積み箇所周辺のスペースは「兵の溜まり」だった可能性もあり、その場合、石塁は「防御的機能」が高かったと言えます。また、石塁上には塀か柵が存在した可能性があります。

3. 礎石建物址

 馬場通路と石塁との間の約6mのスペースにおいて、礎石建物址が見つかりました。
 この礎石建物址の礎石が明確に残るのは2石のみですが、礎石の下を固めた栗石が4箇所で確認でき、南北1間・東西2間の建物規模だったことがわかりました。
 この礎石建物址の南側には竪堀が位置しており、礎石建物址は、竪堀を見張る兵の詰所的な建物だったと考えられます。

礎石建物址調査時写真

礎石建物址調査時写真(南から)

礎石建物址整備後写真

礎石建物址整備後写真(南西から)

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