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西城筋違い土塁(南土塁)
■調査期間 平成12年9月29日~平成13年1月26日
■調査場所 太田市金山町40-25他
今回の調査箇所は、西城の筋違い土塁のうち、外側(見附出丸側・南側)に位置する土塁です。平成11年度に調査を行った内側(実城側・北側)の土塁とは、筋違い(食い違い)になっている土塁です。平成11年度調査を行った土塁を「北土塁」、今回調査を行った土塁を「南土塁」と便宜上呼ぶことにします。
調査前、この土塁の南端部には石垣の一部が露出しており、北土塁と同様に石垣の存在が予想されました。また、土塁の外側には、北土塁と同様に空堀が比較的良好な状態で残っていました。
調査前に土塁南端で露出していた石垣(南から)
調査前の南土塁と空堀(北西から)
調査の結果、土塁の南半部で石垣が確認され、この石垣が4段の段状構造の「土塁石垣」であったことがわかりました。
西城南土塁で見つかった石垣(南東から)
西城南土塁で見つかった石垣のコーナー部(東から)

西城南土塁で確認された段状構造の「土塁石垣」調査時写真(南から)
西城南土塁で確認された4段の「土塁石垣」は、実は古い時期に造られており、最終的に南土塁は石垣の上部を土で覆い、しかも北側へ土塁を延ばしていることがわかりました。
西城南土塁は、新旧2時期に亘って構築されていたことが明らかになりました。
土塁石垣の上部を土で覆った(版築した)
土塁調査時写真(東から)
土塁石垣の北側を版築して北側へ土塁を
延ばした状況(東から)
旧時期の土塁石垣は南北長約14mを測り、東西幅は石垣の位置から約4.4~5.8mだったと考えられます。また、4段あった土塁石垣の高さは、土塁の断面から約1.5mはあったと考えられます。
旧時期の土塁石垣を覆っている新土塁は、旧時期の土塁石垣を約13m北へ延ばしており、南北長は約27mを測ります。新土塁の東西幅は、土塁断面の状況から約5.4mはあったと考えられます。なお、新土塁の傾斜は、土塁断面の状況から約60度の可能性が高いため、新土塁の高さを約2.7mと想定しました。

西城南土塁・新旧2時期の平面・断面実測図
西城筋違い土塁において、南土塁が新旧2時期に亘って構築されていたことが確認されたことにより、南土塁が旧時期の土塁石垣だった時に、北土塁はどのような構造をしていたのか新たな疑問が生じてきました。
南土塁が土塁石垣だった旧時期に、北土塁はもっと南側まで延びていた可能性もあります。そして、南土塁が北へ延びた時期に、北土塁は削られて最終時期の形態になったとも考えられます。今後、調査を継続して新旧2時期に亘る北土塁と南土塁の変遷を明らかにしていく予定です。

西城筋違い土塁の変遷想

