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見附出丸土橋周辺

■調査期間 平成14年9月2日~平成15年3月26日
■調査場所 太田市金山町40-25、長手町1760-23

 見附出丸は、西城と共に史跡金山城跡環境整備事業の「第2期整備範囲」として計画しています。見付出丸では、「虎口は北側に存在する」と考えられていました。しかし、見附出丸の南東でも、調査前の現況地形から筋違い土塁や堀切の存在がわかっていました。そこで、筋違い土塁間の土橋周辺の通路形態を明らかにするため、発掘調査を行いました。

見附出丸土橋と北土塁・堀切調査前現況

見附出丸土橋と北土塁・堀切調査前現況
(東から)

見附出丸北土塁・堀切掘り上がり状態

見附出丸北土塁・堀切掘り上がり状態
(東から)

1. 北土塁

 調査の結果、北土塁は現況地形よりも約7.5m西へ延びており、なおかつ、石垣を使用している「土塁石垣」であることがわかりました。

北土塁石垣掘り上がり状態

北土塁石垣掘り上がり状態(南から)

北土塁石垣掘り上がり状態

北土塁石垣掘り上がり状態(南西から)

北土塁石垣では、中央から西寄りの箇所で、「小壇状張出部」が土塁石垣の南側に付属していることが確認できました。

「小壇上張出部」掘り上がり状態

「小壇上張出部」掘り上がり状態(西から)

「小壇状張出部」掘り上がり状態

「小壇状張出部」掘り上がり状態(南東から)

この「小壇状張出部」の性格については、次の3つの説を検討していますが、今後更なる検討が必要です。

1.番小屋説


 虎口において、通過する者を監視する「番所」的な性格。

番小屋説

2.門説


 北土塁と南土塁をつなぐ「門」に係わる施設。

門説

3.階段説


 北土塁石垣へ上がるための階段。

階段説

北土塁石垣は、石垣根石が設置された造成面が異なるものの、一連に構築されたと考えられます。

土塁石垣投影実測図

土塁石垣投影実測図(南面)

2. 北堀切

 北堀切は、北土塁石垣東半部(小壇状張出部の東側)までの南側に存在しており、深さは約3mでした。また、北堀切は、急激に堀底が下がる箇所もありました。

北堀切掘り上がり状態

北堀切掘り上がり状態(右半、東から)

北堀切

北堀切(左半、西から)
 *急激に堀底が下がります。

3.北土塁西脇

  北土塁石垣の西側は岩盤斜面で、北土塁石垣と「対」になる構造物の痕跡はありませんでした。また、北土塁石垣西脇では岩盤に段差が見られ、さらに、北土塁石垣北西脇には石敷きされた通路が確認できました。

北土塁石垣西脇の岩盤斜面

北土塁石垣西脇の岩盤斜面
(緑ラインの間が通路、南東から)

4. 土橋南側石階段

 土橋から南斜面においては、石階段が見つかりました。このうち、上段部の石階段では、面をしっかり見せるステップでしたが、下段の石階段は小石を並べた程度のステップでした。

上段の石階段

上段の石階段(南から)
*面を見せるステップ

下段の石階段

下段の石階段(南から)
 *小石を並べた程度のステップ

5.土橋周辺の通路形態

  土橋南斜面で石階段が見つかり、また、北土塁石垣西脇で通路遺構が確認できたことから、見附出丸土橋周辺の通路形態については、以下のように想定しました。

見附出丸土橋周辺通路形態想定図

見附出丸土橋周辺通路形態想定図

6.南土塁

 南土塁では、石垣は使用されておらず、版築(土を叩き締めながら盛ること)されているだけでした。また、南土塁では、「柵列」と考えられる柱穴列が見つかりました。

南土塁断面

南土塁断面(北東から)
 *版築層が明瞭に見られます。

南土塁上の柱穴

南土塁上の柱穴列(西から)
 *柵列と考えられます。

7.南土塁北側

 南土塁北側では、比高差が約50cmある明瞭な段差が認められました。この段差部では、凝灰岩角レキが置かれ、段差の東西両側も凝灰岩角レキが人為的に入れ込まれたと考えられます。

南土塁北側曲輪

南土塁北側曲輪(西から)

南土塁北側曲輪段差部

南土塁北側曲輪段差部(西から)

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