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見附出丸南虎口周辺
■調査期間 平成15年8月1日~平成16年3月17日
■調査場所 太田市金山町40-25・長手町1744-18・1760-23
見附出丸では、平成14年度の確認調査において、これまで想定されていた北虎口だけでなく、「南にも虎口が存在し、さらに、南斜面を下るルートがある」ことが新たに発見されました。一方、石垣が使用されていた北土塁の北西脇では、石敷きが一部見つかりました。
そこで、平成14年度の確認調査に引き続き、南虎口を中心とした通路形態をより明確にするため、面的な調査を行いました。
1.北土塁石垣間とその変遷
石垣が使用された北土塁では、平成14年度の確認調査で上下2箇所で段状の土塁石垣が見つかりました。
(平成14年度発掘調査報告(3)見附出丸土橋周辺1.北土塁)
この上下2箇所の土塁石垣間は石垣が存在せず、上下2箇所の土塁石垣を「一連に構築する過程での造成土の違い」と見ていました。
しかし、上下2箇所の石垣の石材の大きさに違いがあり、また、この間の石垣が存在しない造成土下が「砂質土」であることから、北土塁石垣に「時期差」があると改めて考え、再度調査を行いました。
調査の結果、上の土塁石垣根石直下の造成土は、上下2箇所の土塁石垣間だけではなく、「北土塁石垣の周囲約3mまで延びていること」が明らかになりました。
上下2箇所の北土塁石垣間の造成土
※赤ライン間が造成土
北土塁石垣の周囲に延びている造成土
※赤ライン間が造成土
また、下の土塁石垣の根石は地山層直上に置かれていましたが、この地山層と上の北土塁石垣の根石直下の造成土との間は、厚い「砂質土」が堆積していました。
つまり、上下の土塁石垣には「時期差」があり、下の土塁石垣が崩壊して砂質土が堆積した後に、上の土塁石垣を新たに構築したことがわかりました。
(※便宜上、下の土塁石垣を「北土塁石垣1」、上の土塁石垣を「北土塁石垣2」としました)
「北土塁石垣2」では、中央部からやや西側の箇所において、「南北に並ぶ石列」があり、この石列から西側へ土塁石垣を「拡張した」ことも明らかになりました。(下変遷図参照)

北土塁石垣2を拡張した痕跡
「北土塁石垣2」とさらに西側へ拡張した土塁石垣とを含めて、「北土塁石垣3」としました。
以上、北土塁石垣の変遷をまとめると、以下のように考えられます。

北土塁石垣の変遷図
2.北土塁・北側通路
石垣が使用されていた北土塁の北西脇の石敷きは、見附出丸から西城へ向かう通路であることがわかりました。また、この通路は、北土塁から約10m北側で「クランク状」に東へ曲がり、約6.5m先で再び北(西城方向)へ曲がることが明らかになりました。
北土塁・北側通路
北土塁・北側通路クランク部
その他、この見附出丸北土塁・北側通路には、旧時期の通路が東側一段下に平行して存在したこともわかりました。 しかし、旧時期の通路がクランク部の下にもぐり込んでいた可能性も残るため、平成16年度に調査を継続して行なう予定です。

見附出丸・北側の旧時期通路
※左上が新時期通路のクランク部
1.北土塁石垣とその変遷で、北土塁石垣に時期差(拡張)があることが明らかになり、「北土塁石垣の拡張と連動して」通路も造り替えたものと考えられます。
北土塁石垣の拡張に伴う北土塁・北側通路の変遷は、以下のようになります。

北土塁石垣と北土塁・北側通路の変遷図
3.南土塁・北脇通路
平成14年度の確認調査では、南土塁北側から凝灰岩角レキが多量に見つかりました。この凝灰岩角レキは、曲輪面を造成する際に人為的に入れ込まれたものと考えていました。
(平成14年度発掘調査報告書(3)見附出丸土橋周辺7.南土塁北側)
しかし、凝灰岩角レキが入れ込まれた面と南土塁構築面との関係を明確にするため、さらに掘り下げたところ、凝灰岩角レキは砂質性の表土層中に崩落しただけであることがわかりました。崩落した凝灰岩角レキを取り除くと、縁石を含む石敷きされた通路が見つかり、見附出丸北虎口から延びる通路であることがわかりました。
南土塁・北脇で見つかった石敷き通路
※北土塁石垣脇の通路へ「T」の字に分岐します。
南土塁・北脇通路スロープ部
※スロープ部では通路幅を絞っていました。
この南土塁・北脇通路では、2箇所に明確な「段差」も見られました。

南土塁・北脇通路の段差 ※右が南土塁
なお、南土塁・北脇通路のさらに北側は岩盤斜面になっていますが、一部「基壇石垣」と思われる痕跡がありました。砂質性の表土層中に崩落していた凝灰岩角レキは、この「基壇石垣」を破壊した結果とも考えられます。

南土塁・北脇通路 ※右が基壇石垣想定箇所
4.南斜面段状通路
平成14年度発掘調査報告(3)見附出丸土橋周辺4.土橋南側石階段から、南西側において南斜面を下る段状の通路遺構が見つかりました。 この箇所では、石階段の痕跡と考えられるステップ石を含めて、多量の崩落石が集中して見られました。
南斜面段状通路 ※左上が南土塁
南斜面段状通路・ステップ石
※正面右側が南虎口
5.南虎口周辺の通路形態
「2.北土塁・北側通路」、「3.南土塁・北脇通路」、「4.南斜面段状通路」を含めた見附出丸・南虎口周辺の最終時期における通路形態をまとめると以下のようになります。

見附出丸・南虎口周辺の最終時期通路形態平面図
6.南土塁
南土塁は、石垣を使用しない版築しただけの土塁ですが、土塁構築面を明確にするため、さらに土塁を断ち割って調査を行いました。 調査の結果、南土塁の構築面直下は厚く堆積した「砂層」で、南土塁はこの「砂層」上から版築されていたことがわかりました。
南土塁断ち割り断面
南土塁裾部の断面 ※砂層が厚く堆積している
南土塁では、版築された土塁の北側に、「拳大の凝灰岩ガラ石」が厚く詰め込まれており、また、南虎口脇でも岩盤直上に砂層や凝灰岩が見られました。 これらの砂層や凝灰岩は、南土塁北脇の「排水」を意識した結果であると考えられます。つまり、南土塁構築時から、南下の南堀切に「水を抜く」ことを考慮していたのです。
南土塁北脇の凝灰岩ガラ石層
南土塁の断面 ※砂層が上から版築されている
7.南堀切
南堀切の堀底面までの深さは約2mで、北堀切よりも約1m浅いことがわかりました。 また、南堀切の堀底は平坦で、東から西へ向かっての「段差」が3箇所確認できました。この堀底の「段差」は、「北上にある南土塁から染み出た水を南堀切で西へ流す」意図で造られた痕跡と考えられます。
南堀切掘り上がり状態 ※右上位が南土塁
南堀切の堀底面「段差」
※西へ水を流すためと考えられます
8.北堀切
北堀切の堀底面はガタガタで、威圧感溢れる様相を呈していました。
北堀切掘り上がり状態
北堀切の威圧感溢れる堀底面

