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西矢倉台下堀切南東部・脇坂路
■調査期間 平成14年7月3日~平成14年7月26日
■調査場所 太田市金山町40-45ほか
西矢倉台下堀切脇坂路は、西矢倉台下堀切(平成13年度発掘調査)の南東斜面に位置します。また、西矢倉台西堀切内通路から東側へ続く、桟道(かけはしみち、急斜面に沿って丸太をかけて造られた道)であったと考えられる通路(平成13年度発掘調査)から南東へ進んだ箇所になります。この桟道から東側の通路形態を明らかにするため、西矢倉台下堀切南東部及び西矢倉台下堀切脇坂路の発掘調査を行いました。

西矢倉台下堀切周辺の鳥瞰図

西矢倉台下堀切脇坂路調査前現況(北から)
1.西矢倉台下堀切南東部
調査の結果、西矢倉台下堀切南東部は岩盤による急な斜面となっており、通路遺構は認められませんでした。また、桟道から続く柱穴列もまったく見られませんでした。
西矢倉台下堀切南東部調査前現況
(南西から)
西矢倉台下堀切南東部掘り上がり状態
(南西から)
そのため、桟道から東側への通路形態は、西矢倉台下堀切脇坂路へつながるルートしか考えられない状況になってきました。
2. 西矢倉台下堀切脇坂路
調査の結果、桟道から東側で、「造成された平場」が見られました。桟道からは、この「造成された平場」をへて、平場の北東脇で坂路状にえぐれた箇所へ進むと考えられます。
桟道東側の「造成された平場」
(西から)
「造成された平場」北東脇の坂路状えぐれ部
(西から)
坂路状のえぐれ部では、風化が著しく、通路造成面や石階段のステップ遺構などまったく認められませんでした。通路が水道(みずみち)となり、土が流出してしまったと考えられます。
しかし、坂路状のえぐれ部の北東上位では、「段差のある造成面」が確認できました。このことから、「坂路状のえぐれ部が当時のルート」であったものと考えられます。
通路遺構が流出してしまったと考えられる
坂路状のえぐれ部(東から)
坂路状のえぐれ部北東上位で見られた
段差のある造成面(西から)
なお、今後の整備にむけては、坂路状のえぐれ部で通路遺構が流出してしまった可能性が高いため、通路遺構の復元は不可能です。そのため、この坂路状のえぐれ部では、通路遺構の復元とは異なる「園路整備」として、歩けるように整備していきたいと考えています。

