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西矢倉台西堀切・西側旧通路
■調査期間 平成15年6月19日~平成15年7月31日
■調査場所 太田市金山町40-182・40-187
西矢倉台西堀切・西側旧通路は、平成13年度に発掘調査した(2)西矢倉台西堀切 7.西矢倉台西堀切南西部(石列)から西側で発見された通路です。
平成13年度の発掘調査では、西矢倉台西堀切内に堀底道が造られるより古い時期(旧時期)の通路縁石と考えられる石列が見つかりました。
その古い時期(旧時期)の通路が西城方向へどのように延びていたかを明確にするために通路縁石と考えられる石列から西側の発掘調査を行いました。

西矢倉台西堀切周辺の鳥瞰図
平成13年度の調査で見つかった通路縁石
と考えられる石列
西矢倉台西堀切・西側旧通路の調査前現況
平成13年度の調査で見つかった石列から西側約4mまでは、同様に「通路縁石」と考えられる石列が確認できました。しかし、石列はここまでで、さらに西側までは延びていませんでした。
調査区東端部のみで確認された
通路縁石と考えられる石列
旧通路の大部分の箇所では
通路縁石はありませんでした
西矢倉台西堀切の西側で発見された旧通路は、「岩盤上に堆積している地山粘土層を削り出して」平坦な通路面にしていることがわかりました。

調査区中央部の南北断面図
※赤いラインが通路面(下が地山層)

旧通路南北断面
また、旧通路は「等高線に沿って、地形に応じて歩きやすい通路を造り出している」こともわかりました。
旧通路は地形に沿ってカーブしています
旧通路は奥に見える桟道に続いていました
旧通路の通路面の高さは、東へ向かってなだらかに上がっていく様子が見られました。また、旧通路と西矢倉台西堀切を挟んだ東側に復元した桟道とは、高さがほとんど同じであることがわかりました。

旧通路と桟道の投影図
(土塁状盛り土は、西矢倉台西堀切を掘削する際に盛ったもので、
旧通路はこの土塁状盛り土により埋められていました)
旧通路の発掘調査では、甕(かめ)やカワラケ(※1)、焙烙(ほうろく)(※2)などの遺物が出土しました。特に焙烙の破片は100点以上ありました。
※カワラケ・・・釉(うわぐすり)をかけずに焼いた素焼きの陶器。
※焙烙・・・素焼きの平たい土鍋。
旧通路の南下法面から出土した甕破片
旧通路面直上から出土したカワラケ・焙烙
西矢倉台西堀切の西側で発見された旧通路は、これまで金山城の発掘調査で確認されていた石敷き通路(造成して石を敷いた通路)とは性格の異なる「地山道」(地山粘土層を削り出して造った通路)であったことがわかりました。

岩盤上に自然堆積した粘性層の地山を削り出した
旧通路

