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西城筋違い虎口
■調査期間 平成13年11月5日~平成14年3月1日
■調査場所 太田市長手町1762-1他
西城については、平成11年度に北土塁、平成12年度に南土塁の確認調査を行いました。しかし、筋違い虎口部については、これまで調査が行われたことはなく、門の構造を含めてその虎口形態を明らかにする必要がありました。
また、平成12年度の調査で確認された南土塁の時期差に伴う筋違い土塁の変遷についてもあわせて再度、調査を行う必要がありました。
そのため、筋違い虎口を中心に北土塁・南土塁・北土塁西側曲輪の確認調査を行いました。
西城筋違い虎口調査前現況(西から)
西城北土塁西側曲輪調査前現況(南から)

西城筋違い土塁周辺全測図
1. 西城筋違い虎口
調査は、南土塁構築面から続く虎口部の通路造成面を確認し、その後、確認した通路造成面を面的に拡張して行いました。
南土塁は通路造成面(赤ライン)から
構築されていました(北から)
筋違い虎口部を面的に拡げたところ、通路造成面から掘り込まれた柱穴も確認されました。しかし、確認された柱穴群には規格性がなく、柱穴規模も小さいため、「門」に伴う柱穴ではないと考えられます。
また、「門」礎石も全く確認できませんでした。
西城筋違い虎口部で確認された柱穴(東から)
西城筋違い虎口部で確認された柱穴は、
通路造成面から掘り込まれていました
西城筋違い虎口掘り上がり状況(西から)
西城筋違い虎口掘り上がり状況(左端が南土塁・
北土塁から撮影)明確な「門」の痕跡は残念ながら
確認できませんでした。(赤矢印は柱穴)
また、西城筋違い虎口部からは、遺物の出土もほとんど見られず、壺の破片が出土しただけでした。これは、門周辺を常にきれいにしていた結果と考えられます。
2. 南土塁北側調査区
南土塁裾部と通路造成面を調査した結果、南土塁の北裾部では、さらに北側の現況通路面から北側にまで土塁版築層が延びていることが確認されました。
このことから、南土塁は、最終的に現況のような筋違いの形態になる以前に、現況より北へ延びていた時期があった可能性が高くなりました。
西城南土塁の北裾部より北側で確認された版築層
(赤ラインは土塁構築面・北西から)
西城南土塁の北裾部より北側で確認された版築層
(赤ラインは土塁構築面・東から)
そのため、南土塁の堀切も現況よりも北側へ延びていた可能性が高くなり、トレンチを設定して調査を行いました。
調査の結果、南土塁堀切は、現況よりも北側で、埋め戻された土層が確認され、現況より北側へ延びていた時期があったことがわかりました。また、どこまで南土塁堀切が古い時期に延びていたかを確認するため、さらに南土塁の北側について調査を行いました。
西城南土塁堀切の北側トレンチで確認された
古い時期の堀切を埋め戻した土層(南より)
西城南土塁の北側で確認された古い時期の
堀切の北側立ち上がり部(青、赤は曲輪面・東より)
南土塁堀切が古い時期に現況よりも北側へ延びていた北側の立ち上がり部は、北土塁における石垣の南端収束部にほぼ対応する位置にあることが明らかになりました。しかし、この古い時期の堀切の北側立ち上がり部の北脇では、古い時期の通路面と考えられる遺構が明確に捉えられませんでした。
3. 南土塁
南土塁は、平成12年度の確認調査で、南半の南斜面において古い時期の土塁石垣が確認され、この土塁石垣から北側へ土塁を拡張していることが明らかになっていました。
今年度の調査では、古い時期の土塁石垣の根石が置かれている面と、北側へ拡張した土塁の構築面の関係を確認するため、補足調査を行いました。
西城南土塁で確認された古い時期の
土塁石垣の根石(北より)
西城南土塁で北側へ拡張された土層版築層
(北より)
調査の結果、古い時期の土塁石垣の根石が置かれた面と北側へ拡張した土塁構築面とは同じ面(左下写真赤ライン)であったことが明らかになりました。なお、面は同一面でも、そのレベルより1m低くなっていました。
西城南土塁の古い時期の土塁石垣根石と
北側へ拡張した土塁(北より)
西城南土塁の古い時期の土塁石垣根石を北から望む
4. 北土塁
南土塁堀切が古い時期に現況よりも北側へ延びていた北側の立ち上がり部は、北土塁における石垣の南端収束部にほぼ対応する位置にあることが明らかになったため、北土塁石垣の南端収束部にトレンチを設定して調査を行いました。
調査の結果、北土塁石垣の南端収束部では、土塁の版築層の差があり、この差は土塁が構築された「時期差」であることが明らかになりました。

西城北土塁石垣が南端で収束する箇所で見られた版築層の差(西より)
北土塁も南土塁と同様に、土塁を拡張して最終的な現況の形態になったことがわかりました。また、拡張された北土塁の南裾部の調査も行いました。
西城北土塁の南裾部の土塁版築層(南より)
西城北土塁の南裾部版築層から出土した
火縄銃弾丸(西より)
北土塁で、南側へ拡張した土塁版築層から出土した火縄銃弾丸は、土塁の南裾部が拡張されたことを裏付ける貴重な資料です。
なお、平成12年度の確認調査では、南土塁の南半で確認された古い時期の土塁石垣に対応するように、北土塁が南土塁南半部近くまで延びていた可能性を想定しましたが、今回の調査で、その痕跡は全く認められず、平成12年度の想定は否定されることとなりました。
5. 北土塁西側曲輪
平成12年度に想定した南土塁南半の古い時期の土塁石垣と対応するように北土塁が筋違いに南土塁南半部近くまで延びていた可能性がなくなったため、西城の土塁は、最も古い時期には筋違いの構造ではなく、「一文字」状の構造であった可能性も出てきました。
調査の結果、北土塁西側曲輪には、古い時期の土塁石垣に対応する「一文字」状構築物は全く存在せず、曲輪の造成面が認められたのみでした。
西城北土塁西側曲輪の造成面
(赤ライン)(北西より)
※岩盤を加工した段差により、曲輪造成面にも
段差が見られました。
西城北土塁西側曲輪の造成面(赤ライン)
(岩盤段差の南側・西より)
西城北土塁西側曲輪の造成面
(赤ライン・西より・奥に見られるのが北土塁の石垣)
西城北土塁西側曲輪で認められた「柵列」と
考えられる柱穴(赤矢印)列(南より)
西城北土塁西側曲輪の北端部で確認された
段差と排水路(北より)
西城北土塁西側曲輪の北端部で認められた
段差と排水路(北西より)
6. 西城筋違い土塁の変遷(案)
今年度の西城の確認調査により、現況(最終時期)に筋違いになる形態を含めて、計3時期にわたる土塁の変遷があった可能
第1期

※南土塁の北側に対応する土塁石垣等の痕跡は、全く確認されませんでした。虎口構造については不明です。
第2期

※北土塁は、石垣が残る箇所までしかなく、南土塁は堀切埋め戻し土の痕跡から、北側へ延びていた可能性があります。
第3期

※北土塁が南側へ拡張され、南土塁は、堀切を埋め戻し、土塁を削平して、現況のような虎口形態になったと考えられます。しかし、その門構造については不明です。

