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日ノ池・月ノ池と大堀切
金山山頂近くには、日ノ池・月ノ池といわれる二つの大きな池があります。日ノ池・月ノ池は江戸時代の文献に現れる名称ですが、同時期の名称として、太郎池・次郎池という別名もあります。
全国的に見ても、このように大規模な池が金山城跡のような山城の山頂付近にある例は稀です。
月ノ池は大堀切の下部がせき止められて水が溜まったものとも言われてきましたが、発掘調査の結果、日ノ池と似た構造の池が現れました。
三ノ丸と馬場曲輪との間にある大堀切では、畝状の土塁石垣が見つかりました。
1.日ノ池
発掘調査の結果、日ノ池は径16~17mの石組みの池を中心に、石敷き平坦面、さらにその外側に石垣が周囲を巡っていることがわかりました。なお、池底は当初言われていた擂鉢(すりばち)形ではなく、鍋底形でした。
石敷き平坦面と外側の石垣は昭和12年に積まれた石垣を取り除いたところ、その裏側(外側)から見つかったものです。
日ノ池の周りの石敷き平坦面には2つの井戸がありました。
また、発掘調査では、戦国時代の遺物だけでなく、平安時代初期(10世紀)の土馬(どば)といわれる遺物も見つかっています。土馬は水にまつわる祭祀に使われたもので、城が作られるずっと以前から池(水場)があったことをうかがわせます。
日ノ池(発掘調査前)
日ノ池
(発掘調査中・昭和12年に積まれた石垣の
裏側から石敷き平坦面が確認されました)
石敷き平坦面と南西井戸(発掘調査中)
石敷き平坦面・後方は南曲輪と
御台所曲輪を隔てる堀切(発掘調査中)
日ノ池石敷き平坦面と北東井戸(発掘調査中)
日ノ池石敷き平坦面の近景(発掘調査中)
日ノ池下段石垣(発掘調査中)
日ノ池上段石垣と石敷き平坦面(発掘調査中)
日ノ池石垣と裏込め(発掘調査中)
日ノ池南西の石垣(発掘調査中)
日ノ池南東の井戸と日ノ池へ
降りるための旧通路(発掘調査中)
日ノ池北東の井戸(発掘調査中)
整備後 日ノ池
日ノ池の石敷きは新しい石で被覆しましたが、
一部遺構を露出展示しました。
2.月ノ池
月ノ池は発掘調査以前、ただの水溜まりのようにも見えました。全体的に掘り下げたところ、池の縁石に見えたのは昭和になってから積まれた石垣と判明しました。次に、池中央部の土の色が違っていたため、約1.5m掘り下げたところ、直径7m、深さ2.5mの池が埋まっていたことがわかりました。月ノ池も日ノ池と同様に、石垣と石敷き平坦面とで構成されていました。
月ノ池からは一気に投棄されたと見られる多量の岩石(石垣石と推定される)とともに、長さ数mの加工された丸太材や角材が発見されました。金山城の時代にあった建造物の一部という可能性もあり、今後の調査・分析が待たれます。
月ノ池
(発掘調査前・池の縁に石列が見られました)
月ノ池
(発掘調査中・中央部の土の色が違って
いたためさらに掘り進めました)
月ノ池
(発掘調査中・上段昭和の石垣の裏からは
戦国時代の石垣が一部で確認されました
池底は日ノ池と異なる平底でした)
整備後 月ノ池
3.大堀切
月ノ池北側にある、三ノ丸と馬場曲輪とをへだてる堀切は金山城跡で最大規模を持ち、「大堀切」と呼ばれています。発掘調査により、この堀切には石垣が積まれた畝(うね)状の土塁が発見されました。高さは推定で1.8mあり、堀切内の障害壁としての役割を持っていたものと考えられます。なお、この土塁両端には通路が確認されていないため、土橋としての機能はなかったものと見られます。
大堀切
(発掘調査中・月ノ池方向を望む・
周辺に散らばる岩石は発掘調査に
際して掘り出されたものです)
馬場曲輪側(西側)の畝状土塁石垣(発掘調査中)

