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金山山麓の遺跡
古墳では、前方後円墳の大島八幡山古墳(市指定史跡)・今泉口八幡山古墳、前方後方墳の寺山古墳のほか、円墳が主体の、寺ヶ入(てらがいり)古墳群・内並木(うちなみき)古墳群・亀山古墳群・富士山(ふじやま)古墳群・東山古墳群・西山古墳群・貧乏塚古墳群・長手口(ながてぐち)古墳群が金山の四周を取り巻いています。
今泉口八幡山古墳で「再発見」された家形石棺
(江戸時代に一度掘り出されたという古文書が残っています)
金山丘陵北西端にある寺山山頂に
築かれた寺山古墳(北から)
埴輪窯跡では、金山東麓の金井口(かないぐち)遺跡があり、古墳時代後期の6世紀中頃に埴輪が生産されていたと考えられています。
須恵器窯跡では、金山東麓の亀山・入宿(いりじゅく)・狸ヶ入(むじながいり)・菅ノ沢(すげのさわ)、北麓では諏訪ヶ入・八ヶ入(はちがいり)、西麓の長手の谷に山去(やまさり)・高太郎(たかたろう)1の各遺跡があります。須恵器生産が行われていたのは6世紀から9世紀にかけてと推定されています。
製鉄遺跡では、菅ノ沢・高太郎1・高太郎2の各遺跡が確認されており、これらは平安時代中期の10世紀頃の遺跡と推定されています。
古代の太田は無数の煙の立ち昇る「工業地帯」であったと考えられます。

