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岩松氏その後

 岩松守純・豊純父子は慶長12年(1607)徳川家康に対面し、20石を与えられました。豊純の子義純(のち秀純)は寛文3年(1663)に100石を加増され、120石と少禄ながら、その由緒をして、大名並みの格式を持つ交代寄合(こうたいよりあい・交替寄合とも表記する)格の旗本に取りたてられ、新田郡下田島村(太田市下田島町)に広大な屋敷を構えていました。幕末に、岩松俊純は新田氏を称するとともに、「新田勤王党」を組織し、勤王倒幕活動をしています。この功をもって、後に新田俊純は明治政府から男爵に叙せられています。

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