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明治以降

 明治5年(1872)金山は明治政府から民間に払い下げられ、民有地となり、明治8年(1875)山頂の実城跡に新田義貞をまつる新田神社が創建されました。また、明治12年(1879)には金山南麓にある天神山の中腹に、江戸中期の勤王思想家高山彦九郎をまつる高山神社が創建され、昭和7年(1932)には天神山山頂(現在地)に移転しています。

※参考  国指定史跡「高山彦九郎宅跡附遺髪塚」/「高山彦九郎記念館

  昭和9年(1934)に山頂を中心とする金山の尾根部分が国の史跡に指定されました。昭和12年(1937)日ノ池の水を抜いての調査が実施され、日ノ池の周りの石垣が積まれています。この石垣が平成4年度以前にあった石垣です。なお、昭和12年の調査ではほとんど見るべき成果がなかったと伝えられています。

岩石・ヘドロ除去作業

日ノ池発掘調査開始時の
岩石・ヘドロ除去作業(平成5年3月)

石垣

同左近景 上段が昭和12年の石垣
下段は水面下にあった戦国時代の石垣

  昭和26年(1951)に松風峠、昭和36年(1961)には「金山ドライブウェイ」が共に失業対策事業により開通し、金山へのアクセスが容易となりましたが、一方で比丘尼坂筋違城門(びくにざかすじちがいじょうもん)などの金山城遺構が一部破壊されています。

松風峠の切り通しに現れた比丘尼坂筋違城門の堀切と土塁

松風峠の切り通しに現れた比丘尼坂筋違城門の堀切と土塁

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