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大手虎口と大手虎口脇曲輪
ここでは平成4年度から平成10年度までに、発掘調査が実施された遺構の中で、特徴的なものについて解説します。なお、平成11年度以降の発掘調査結果については、金山城跡の発掘調査のページをご覧ください。
1.大手虎口
一般に、城の出入り口である虎口は敵の侵入を防ぐため、厳重に守られた作りになっています。とりわけ、正面入口である大手虎口は、豪壮かつ堅固に作られていました。

大手虎口付近の鳥瞰図
金山城の大手虎口には、まず、礎石が確認されている大手門を入ると、途中が狭くなって右カーブする石敷きの大手通路があります。左右は石垣が積まれた曲輪で、通路を上がって行くと、正面に壁のように立ちはだかる、石積みされた大きな土塁にぶつかります。左側は筋違いの土塁になっています。ここを左に曲がり、さらに進むと、また突き当たり、右側に虎口があります。また、正面土塁を右に曲がり、突き当たると左側に虎口があります。それぞれの虎口には門があったと推定されます。このように、城の中枢部分に簡単には入り込めないようにしました。
ただし、右側(南側)の虎口は金山城の最終時期にはふさがれており、左側の「筋違い虎口(食違い虎口)」が使われていました。これら二つの虎口が同一時期に存在したかどうかは不明であり、今後の調査・研究が待たれるところです。
大手虎口
(発掘調査前・通路右側の石垣は
以前から確認できました)
大手虎口
(発掘調査中・コンクリート階段を
はがすと石敷きが一部残っていました)
二つの川原石が大手門礎石
(発掘調査中・これよりも低位置から、
より古い時代の門の礎石が発見されています)
整備後 大手虎口
(右側の大手門礎石は復元したものです)
大手通路から北脇曲輪への階段(発掘調査中)
整備後 大手通路から北脇曲輪への階段
※大手虎口の石垣復元については、Q&A金山城跡の発掘調査・整備「Q12 なぜ大手虎口の石垣は、あの高さまで積んだのですか。」を参照ください。
筋違い虎口の南虎口
(発掘調査中・2時期の遺構が確認されました
暗渠排水路も見つかっています)
整備後 筋違い虎口の南虎口
2.大手虎口脇曲輪
大手虎口脇曲輪は塀で囲まれ、通路を行く人には中が見えないようになっていたと考えられています。
南側上段の脇曲輪では、石敷きされた建物の基礎とカマドが見つかりました。この建物は基礎が石敷きされており、この石敷き基礎には、幅約25~30cmの溝が碁盤の目のように見られました。これは、建物の柱や床板を支えるための「大曳き」や「根太木」などを置く溝で、建物の基礎が石敷きされているのは、湿気を防ぐためだったと考えられます。建物の東脇からはカマドが見つかり、建物から火気を遠ざけていたと思われます。このことから、建物は火薬などを備蓄した「武器庫」を兼ねた「兵の詰め所」だったと考えられます(当初、厩の可能性も検討されましたが、土壌分析の結果否定されました)。また、崩落防止のため、底にアカマツの木枠がはまっている石組みの井戸がありました。排水のための石組み水路も南北の両脇曲輪で確認されています。
大手虎口南脇曲輪
(発掘調査中・弧を描く石垣が特徴的です)
整備後の大手虎口南脇曲輪(上段は南曲輪)
南脇曲輪の石敷き建物址(左奥)
とカマド址(右手前) ※線で表示
石敷き遺構展示施設(左奥)
とカマド遺構表示覆屋(右手前)
カマド址(近景)
カマド遺構表示
整備では、石敷きの様子から根太が置かれていた位置がわかったため、石敷きされた基礎の一部が見られるように、「遺構展示施設」として建物を造りました。また、カマド址も「コ」の字状の石列位置を利用して、遺構表示しています。
南脇曲輪の石組み井戸
(井戸底に木枠が見えます)
正面土塁下の石組み水路
(水路左側の岩石は土塁から
通路上に崩落したものです)

整備後の大手虎口脇曲輪全景(奥の最上段は南曲輪)

