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金山城略年表

(『太田市歴史年表』1998太田市)から構成)

西暦 年号 月日 出来事
1469 応仁3 2.25 金山城築城の地鎮祭が執り行われる。築城代官は、世良田長楽寺住僧松陰軒西堂がつとめた。
文明1 8 岩松家純、関東管領上杉方の五十子陣(埼玉県本庄市)を退き金山城に入る。
この頃、岩松京兆家・礼部家の統一なる。
1477 文明9 1.18 岩松家純、明純、尚純を伴い、五十子陣を退き金山城に入る。
1494 明応3 4.22 岩松家純没する(86歳)。尚純が跡を継ぐ。
1495 明応4 4.13 横瀬成繁、草津へ湯治に出かける。
4.17 岩松尚純方の佐野小太郎、金山城を攻撃する。
12.18 古河公方足利成氏の仲介により、岩松尚純隠居、横瀬成繁父子を尚純子息夜叉王丸(昌純)の名代とする和約が成立する。
1501 文亀1 8.8 横瀬成繁没する(73歳)。金龍寺に「義山宗那忠居士」銘の五輪塔が造立される。
1509 永正6 8.17 連歌師宗長、新田荘に岩松尚純を訪れ、連歌を催す。
8.29 静喜(尚純)・宗長の「何色百韻」が著される。
1511 永正8 10.15 岩松尚純没する(51歳)。
1528 享禄1 この頃、横瀬泰繁・横瀬成繁、その主君岩松昌純を殺し実権を握る(享禄の乱)。
1536 天文5 横瀬成繁、「家中法度」「百姓仕置法度」を定めたと伝える。
1546 天文15 12.2 足利義藤(義輝)、将軍に就く。
1565 永禄8 1.7 横瀬成繁、北条軍20騎の攻撃を防ぐ。
1. 長楽寺僧義哲の「永禄日記」成る~9)。
3.5 横瀬成繁、将軍足利義輝から刑部大輔に任官され、御供衆に加えられる。
7.15 この頃、横瀬成繁、由良に改姓する。
1569 永禄12 6.9 上杉謙信と北条氏康和睦する(越相同盟成立)。
7.15 この頃、由良成繁の子長尾顕長、足利・館林城の城主となる。
1570 元亀1 2.18 北条・上杉の和睦条件が整い、この日以降、誓詞・条書が交換される。
この頃、由良成繁の臣荒山小左衛門、長尾顕長の臣大谷新左衛門(休泊)、新田山田・邑楽の用水普請を行い、水方普請奉行を置くという。
1571 元亀2 10.3 北条氏康没する(57歳)。
この暮、北条氏政、上杉謙信と絶交し、武田信玄と和睦する。(越相同盟の破綻)
1573 元亀4 3.12 由良国繁、桐生氏の内紛に乗じ、桐生城を攻略する。
天正1 6.11 由良成繁、上杉方による伊勢崎(赤石)城焼き討ちにより、藤生紀伊守・金谷因播守に桐生在城を命じ、備えを厳重にさせる。
1574 天正2 3.26 上杉謙信、金山城攻めのため、藤阿久に陣を張る。
4.27 由良成繁、藤生紀伊守に壁柱・小竹などの建築材を調達するよう命じる。
9.21 由良成繁、この頃金山城で上杉軍と戦う。
11.24 上杉謙信、今月7日利根川を越え鉢形城下(埼玉県寄居町)を放火したのち、再び渡河して、新田・館林・足利領を放火し、金山城に迫り、明日小山張陣を那須資胤に伝え、参陣を要請する。
この頃、天正2年銘瓦(金山実城出土)。
1576 天正4 2.23 織田信長、安土城を築き、この日移る。
3.13 上杉謙信没する(49歳)。
3.24 上杉景勝、春日山城に入り、謙信の家督を相続する。
6.30 由良成繁、桐生城に移り、太田金龍寺・岩松青蓮寺を移し、この日没する(73歳)。由良国繁が跡を継ぐ。
1580 天正8 9.20 武田勝頼、新田・小泉・館林を攻撃し、さらに膳城を攻め、城主河田備前守らを討ち取る。
1582 天正10 6.2 明智光秀、本能寺で、織田信長(49歳)を囲み自殺させる(本能寺の変)。
1584 天正12 2.19 これ以前、由良国繁・長尾顕長兄弟、北条氏に従わないことを理由に糾明され、この日由良国繁は城破 却並びに女房共在府を北条氏政から申しつけられる(長尾顕長の糾明は北条氏規に委ねられる)。兄弟の母妙印尼をはじめ、一族家臣寵城する。
8.13 北条氏直、大胡高繁に金山城亀山の番を命じる。
1585 天正13 1.4 北条氏照書状によれば、前年春までに、金山・館林両城は開城し、北条氏に降伏したと考えられる。
5.26 北条氏に降伏し、由良国繁桐生に退去する。
11.9 宇津木氏久、北条氏から金山北曲輪在城を命じられる。
大井豊前守、北条氏から金山根曲輪在城を命じられる。
高山遠江守、北条氏から金山西城在城を命じられる。
1587 天正15 8.6 北条氏、清水正次を金山城主に命じ、513貫561文の地を宛行う。
9.2 北条氏、清水太郎左衛門正次を派遣するため、10月中に城普請を終了させるよう宇津木氏久に命じる。
12.3 豊臣秀吉、「関東・奥羽惣無事令」を宣言する。
1589 天正17 6.1 北条氏直、桜井武兵衛の私領長手郷新宿の諸役を免じる。また、郷内の富士参詣者に対する「押買狼籍」を停止する禁制を出す。
12.6 北条氏、宇津木氏久に小田原から金山城跡までの伝馬手形を与える。
この頃、由良氏、北条氏につくも、成繁未亡人妙印尼は孫由良貞繁らを豊臣方の前田利家に派兵する。
1590 天正18 1.6 北条氏直、深沢城主阿久沢能登守らに正月15日までに小田原へ参陣するよう支持する。この籠城に由良国繁・長尾顕長兄弟も加わる。
5.2 豊臣秀吉の家臣前田利家ら金山城を接収する。
6.7 前田利家、由良国繁・長尾顕長兄弟の母妙印尼に対し、由良・長尾の身上を豊臣秀吉に取り成すことを約束する。
7.5 北条氏直、小田原城を出て、豊臣秀吉に降伏する。
7.11 豊臣秀吉、北条氏照・北条氏政を自殺させる。
7.13 豊臣秀吉、小田原城に入り、徳川家康に対し関東7か国のうちに240万石余を与える。
7.23 徳川家康、岩松守純に返書を送る。
8.1 由良氏、豊臣秀吉から常陸国牛久に知行5435石を与えられる(金山城廃城)。

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