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歴史公園(東照宮・長楽寺・新田荘歴史資料館)

東照宮(国指定史跡 新田荘遺跡)

 徳川家康は、元和2年(1616)4月17日駿府城で75歳の生涯を閉じました。遺体は一旦久能山に葬られましたが、翌年遺言により2代将軍秀忠が日光に社殿を造営し、遺体を改葬しました。
 3代将軍家光は、日光東照宮の大改築を行い、奥社の拝殿と宝塔を天海大僧正に命じて、徳川氏ゆかりの深い世良田の地に移しました。
  なお、この拝殿は大工頭中井大和守正清の最後の作であり、日本画の狩野探幽がこれに参画しています。
 幕府は東照宮に200石の朱印地を与え、長楽寺を別当寺としてその祭祀にあたらせました。東照宮が幕府の庇護のもとに繁栄を続けたことは、現在遺されている多くの宝物類などによってもうかがい知ることができます。

拝殿(国重文)

拝殿(国重文)

本殿(国重文)

本殿(国重文)

唐門(国重文)

唐門(国重文)

彫刻『巣籠りの鷹』

彫刻『巣籠りの鷹』

長楽寺(国指定史跡 新田荘遺跡)

 東国の禅文化発祥の寺、長楽寺は、承久3年(1221)徳川氏始祖の義季(よしすえ)が開基となり、日本臨済宗の開祖・栄西の高弟である栄朝を開山として創建されました。栄朝は名僧の誉れ高く、その名声を慕って長楽寺に学んだ僧侶も多く、世良田は全国の僧侶の憧れの地となりました。広大な境内には塔頭(たっちゅう)寺院が甍を並べて、最盛期にはあまたの僧侶が修行をしていたと伝えられています。
 その後徳川家康が関東に入ると、徳川氏祖先の寺として長楽寺を重視し、幕府に信任の厚い天海大僧正を住職に任じました。天海は天台宗に改宗し、その復興にあたらせ、末寺700余ヶ寺を擁する大寺院となりました。

新田荘歴史資料館

東毛歴史資料館  太田市は古代文化の栄えた地であり、その証として多くの古墳が点在し、鎌倉時代には東国で活躍した新田氏の史跡や、江戸時代において繁栄を誇った証も数多く残っています。
 なかでも尾島地区は、鎌倉時代から新田荘の中心として栄え、さらに長楽寺を中心とした仏教文化が形成されました。江戸時代になると、徳川氏発祥の地として幕府の庇護のもとに繁栄を続けました。こうした文化遺産の質量は、県下随一を誇り、当館はこれらの文化財を保護保存し、展示公開しています。

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