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平成28年 新春懇談会

芸術・文化が育っている太田市

新年明けましておめでとうございます。
皆様お時間のない中、お集まりいただいてありがとうございます。

ただ今、演奏をしてもらったのが本間貴士君です。吉田兄弟は三味線ですが、本間君は、お箏で雰囲気を出すたいへん才能に恵まれた方ですので、今日このように皆様にご披露出来てとても良かったです。お箏というのは、いい音を私たちの耳に伝えてくれます。こんなすばらしい楽器は他にはないなと思っていましたが、それにドラムとフルートを加えて非常に現代的にアレンジして、どんな場所状況にも合うようにしてくれました。彼は、今年度、鹿児島の国民文化祭に県からの要請があり参加しましたが、私は行かなくていいんじゃないのと言いました。なぜなら、県からの要請なのに県からお金が一切出ないからです。箏の良さ、群馬をアピールするために、全部自費で行ってきました。ここに県議会議員の方たちがいますので、彼らに代わってお願いですが、県代表で行くわけですから、今後は県から何とかお金を出してもらえるようにしてください。
それにしましても、太田市はすばらしい人材がたくさん出ています。back numberというバンドがありますが、そのボーカルが新野町の出身で清水君といいます。昔からよく知っています。出来ればここに来て演奏してもらいたいのですが、今はメジャーになりすぎて呼べませんが、非常にうれしいことです。太田市は、もともと機械や技術など、ものづくりが得意であります。中島飛行機がつくりだし、それ以来ここに住む人たちが本当に頑張ってものづくりをしていただいて、太田市の名を上げてくれました。一方、なかなか文化というものが育ちにくい場所だとも言われてきました。そのような中、何かをやらなければと強く思い、芸術学校やスポーツ学校を、また、ぐんま国際アカデミーもやりました。そして今頑張っています。伝統を大事にしながら自分の世界を創っていく、いわゆる、個性というものを独創的に創っていく、これは、ものづくりの考えとまったく同じであります。太田市は独創的に「もの」や「芸術」「文化」も創っていける力をつけてきました。このことを、私たちの誇りにしていきたいと思っています。

本間貴士ワンサー 市長挨拶

さらに元気なまちになる太田市

今、行政的には太田市は恵まれています。地方交付税というものがあります。私たちが国に、所得税や法人税として納めたものが、地方にフィードバックされるものです。この、フィードバックの仕方が、財政的に豊かなところには少なく、財政的にたいへんなところにはたくさんのお金を出すというルールなのです。これは国民全体が平均的にレベルアップしていこうという、非常にやさしく、とてもすばらしいルールだと思います。太田市は財政的に豊かなため、フィードバックのないまちになってきました。これは、誇るべきことか悲しむべきことか難しいのですが、働かなくても交付税がもらえる、働くともらえない、こういう国と地方のやり取りであります。私は、太田市は市民の皆様がいろいろなことに協力してくれるたいへんすばらしいまちであると思っています。だから、太田市は他のまちと比べて元気であるし、すばらしいまちになっています。まだまだ発展できるまちであるし、これにブレーキをかけてはいけないのです。国から交付金をもらえないからといって、いい加減にならず怠けずに、新しいチャレンジを、今年も来年もしていかなくてはならないと思っています。寝ていても行政はやっていける、寝ていてもお金はもらえます。しかし、寝ていたら、まちの元気さを失い、太田市が太田市でなくなってしまう。私はそのように思っています。

太田市の新たな顔

今、太田市の顔が変わろうとしています。駅の周辺が一気に変わります。これは、お金がかかるからよくないと思っている人もいるかもしれませんが、顔を変えるのは、やはりたいへんなことでありまして、国との協力でやらせていただいております。市だけではとてもできるものではありません。南口・北口とも整備が進んでいます。さらに南口に再開発ビル、また、北口に新たな文化複合施設ができあがるわけであります。今、BITOという言葉を使わないようにしています。BITOという名前がある意味で有名になりました。有名になったBITOを、商標登録してしまった人がいます。太田市でBITOという名前を使うとお金を取られるということになってしまいます。だから、今後、別の愛称にするか、又は、愛称は付けないか、今考えているところです。また、北口の受楽寺跡地の小さな区割りの商店街を何とかしたいと考えています。駅前の空き家や古い家、地域の方にも協力してもらいながら、少し考えていこうと思います。太田の起点である駅前をすっきりとすることで、太田は大きな変わり方をすると思っています。暮れに、栄町から呑龍様まで歩いてみましたが、まちの中を変えなくてはいけないとしみじみ感じさせられました。また、翌々日には、九合地区から沢野地区を歩きました。一度成長を止めたところは、補填がたいへんだというところですが、その中に今、新市民会館が立ち上がってきました。1,500名のホールで香山設計事務所という、劇場造りでは日本でトップクラスの方が設計してくれまして、とてもよい建物が、後一年半くらいでできあがります。また、吉沢町と原宿町には大きな工業団地ができます。今、地域の皆様と協議をしていまして、55ヘクタールという大きな土地に、新たな太田の力を吹き込みたいと、そんな風に思っております。 さらには、スバルが非常に元気で、日野自動車や自動車関連会社もみんな頑張っています。今の新田東部工業団地を一回り膨らませたいと、これは工場を持っている方の希望に応じて膨らませようと予定しています。また、富士重工本体も出来ればもう少し広げた方がよいのではないかと問いかけているところでありまして、太田市の顔、そのものが大きく変わろうとしています。私たちはこれらのことに対して、全力で対応していきたいと思います。文化の顔が膨らんできた、工業の顔が膨らんできた、いろいろな流通機関も出来ました。商業関連も非常に充実してきました。それぞれがみんな充実して、もうひとつ膨らむ位置にいるかなと思っております。

議長乾杯

太田市は健康

最後になりますが、今日、仕事始め式で、職員に向けて健康ということを話しました。肉体的健康、精神的健康、社会的に健全であること、これは健康の要素でありますけれども、それに自治体そのものももっと健康にしていこうじゃないかと。太田市は合併して10年が経ちますが、意図的に400名の職員を減らしました。これは、私の計算によりますと、太田市の借金を賄うだけの職員減であります。頭の中には、片方では借金が、もう片方では元気なまちをつくらなければならないと、両方考えてきました。そのような中400名減らしました。これからも市民サービスを提供するために、最低限度の経費で賄うような考え方で頑張っていこうと思っています。今日お集まりの皆様方にはいろいろな面で無理を言うかもしれませんが、太田市の規模をもう一回り大きくしていくために、ぜひ皆様方のご協力をいただきたいと心から願っているわけであります。ものづくり、文化、健康、みんなが元気で、さらに膨らむような太田市をこれからもずっと続けていきたいと、願っているわけであります。
 
今日はお忙しい時間に来ていただきました。後は、歓談をしていただき、これからの太田市を語っていただければありがたいと思っています。また1年間皆様方とともに手を取り合って、進んでいく太田市をお互いに誓い合いながら、挨拶にさせていただきます。今日は本当にありがとうございました。

会場全景 万歳三唱

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