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『太田かるた』絵札・読み札一覧や行

や行
絵 札
読み札
解  説
八木節は、群馬県東部から栃木県足利市にかけて盛んに唄われる盆踊唄です。その起源は木崎宿の飯売女が唄った「新保広大寺くずし」という口説節で、それが盆踊唄にかわって、「木崎節」「木崎音頭」となったのが源流といわれます。八木節の元祖は朝倉村(足利市)の丸山清三郎で朝倉清三と呼ばれ、その流れを汲む堀込村(足利市)の渡辺源太郎(堀込源太)が諸方に広めたのが現在の八木節です。この八木節は大正三年(1914)、堀込源太によってレコード化され、ラジオ放送と相まって全国的に広まりました。
私たちの住む太田市内を悠々と流れる利根川は古くから「坂東太郎」と呼ばれ、恵みの川として親しまれ、また洪水をもたらす暴れん坊としておそれられてきました。坂東とは関東地方を指す言葉で、太郎とは一番の意味です。利根川は「坂東太郎」の名にふさわしく、上越国境の大水上山を源流とし、渡良瀬川などたくさんの支流を集める流域面積日本一の悠久の大河です。ちなみに弟は筑紫次郎(筑後川)、四国三郎(吉野川)の二人です。
江戸時代の代官とは、幕府の直轄地を支配する役人のことです。勘定奉行の支配下に置かれ、江戸あるいは赴任地の代官所で年貢の徴収、司法検察などの民政を担当しました。岡登用水は笠懸野の荒野を潤すため代官「岡上次郎兵衛景能」によって寛文十二年(一六七二)に開削された水路です。大間々扇状地にあって不毛の地と考えられた笠懸野に、渡良瀬川から用水を引き岡登用水を完成させ、本町宿(大原町)など29か村、二〇〇〇〇石余りの新田を開発しました。

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