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中華人民共和国遼寧省営口市
1.交流都市名
中華人民共和国遼寧省営口市
Yingkou
2.提携年月日
昭和62年9月10日 太田市議会議決
昭和62年9月26日 議定書締結
3.提携先選定の基本的考え方について
- 都市形態が類似していること
- 距離的に近いこと
- 交通の便が良いこと
- 友好的であること
- 世界平和に貢献できること
- 交流をすることにより両市にメリットがあり、将来有益になること
4.提携委員会等の組織
太田市国際姉妹都市交流協会
5.友好都市提携の経過
昭和59年三洋電機(株)との企業合作により来日中の営口市代表団から、当時の三洋電機会長の紹介により友好都市提携の申し出があり、その後、太田市・営口市友好都市推進委員会を設置し、事前調査のため3年間毎年中国側代表団と交流を行い、お互い合意に達し友好都市の提携を行った。
6.提携調印式典の実施状況
営口市営口賓館において、朝9時より両市代表10人ずつ調印式に出席、両市代表団の紹介、議定書の調印、両市長の挨拶、友好旗の交換等を行う。
7.営口市の概要
中国東北地区遼東半島の付け根、渤海遼東湾の東岸に位置し、人口約217万人、面積は5,402平方キロ、青森県北部と同緯度に位置している。営口市は站前区・西市区・老辺区・魚圏区、営口県・蓋県の4区2県からなっており、4区2県は同じ資格となっている。市区域の人口は55万人、面積は277平方キロとなっており、気候は、年平均気温8.9度、夏の平均気温が約24度、冬が-9度である。
紀元前221年、秦が中国を統一してから各王朝はここに、州・県を置き、清朝末期には行政官庁である直隷庁が設置され奉天省に属していた。1914年遼藩道伊官署を設け23の県を管轄し、同時に営口県役所を設立、1928年営口市制準備局を設けた。1938年営口官署を設立、正式に市制がしかれ、1948年営口市人民政府が発足した。
営口市は天然資源が豊富で、主要なものはマグネサイト、タルク(滑石)、ホウ素、金、鉄など31種類の鉱物が埋蔵されており、マグネサイトの埋蔵量は世界でもトップクラスであり、タルク、ホウ素は中国のトップクラスである。また、農水産業としては果物(りんご・桃・すもも)、米、大豆、とうもろこし、各種水産物(くらげ・ハマグリ・大正海老)が多く収穫されている。工業は、軽・紡績工業都市として中国東北部の重要な位置を占めている。特に紡績、メリヤス、捺染、楽器、機械加工、洗濯機などの生産は全国レベルで、製紙、マッチ、タバコ、塩などとともに重要な輸出品となっている。
教育文化施設は、小学校、中学校、高校、大学が合わせて約1,000校あり、映画館は6館、文化館が8館、運動場は1施設ある。また、古い歴史と文化を持ち、蓋県には、1383年に立てられた上帝廟もあり、その他にも明朝、清朝時代の町並み、建物も現存している。熊岳植物園は1909年開園、敷地7万平方キロを有する中国一の植物見本園となっている。
1990年からは中国政府の同意を得て、営口市南方45キロの所に営口新港経済技術開発区を開設し、国連開発計画の専門家の協力を得て具体的な計画を策定し、1994年に第1期工事が完成した。将来的には、輸出加工中継貿易、国際金融、科学技術開発、陸海空輸等の総合的経済技術開発区を目指している。