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令和5年11月15日号こんにちは市長です

ページID:0029496 更新日:2023年11月15日更新 印刷ページ表示
 安田君(仮名)が秘書室に現れるのは何年おきとか何カ月おきとか決まってはいない。彼の身に何かやっかいなことが起こった時に姿を現す。このところしばらく彼をみていない。10月の終わり突然現れた。いつもの照れくささが混じった表情でカウンター越しにいた。「どうしたの?」「仕事がない」。60歳を少し回ったと言う。新たに仕事に就くには難しい年齢になっていた。
 彼と知り合ったのは20年も前のこと。子どもを2人抱えたシングルファーザーである。あの頃に発行した彼の本には自分の心の病のことと2人の子どもたちへの熱い思いが書いてある。とにかく子煩悩なパパであった。どう見ても仕事より子ども優先である。PTAの役員になった。働いて、食事やら何やら子育て、役員なんて無理に決まっている。ある日、運動会に来て子どもたちを見てくれ、と誘われた。彼は無邪気な笑顔を絶やさなかった。何がきっかけだったか、自然の中で子どもたちと暮らしたいという。10年も前だったか、島根県の離島に移住すると言ってきた。「自然がいっぱいの所。伸び伸びとした生活ができる。そりゃ、いい」とエールを送った。だが、2、3年で戻ってきた。もっとお金を稼いで子どもたちのためになりたい。交代制のある職場を見つけたのである。子どもたちのために、である。だが、次第に彼の思い描くような子どもたちではなくなっていたのである。
 彼は孫を引き取った。役所にもよく連れて来た。「彼女、目標を持って頑張っています」。今度は孫のためにいくらかでも多く稼がなくてはと思っているのだ。帰り際「頑張って」と握手した。孫が大学に行って働く姿を見るまでは…、覚悟の顔をしていた。だが、彼の耳が幾分遠くなっていることが気がかりだった。(11月1日記)